2012年11月14日

私のパチンコ履歴 その5

約8年もの間パチンコを止めていた私がまたするようになったのはひょんなきっかけからでした。

暇さえあれば雀荘に行っていた私は2年ほど前のある休日にいつものように雀荘に行きました。

ところが時間が早すぎたためか他に誰も客がおらず、しばらく待っていても誰も来る気配がなかったところで、その雀荘のマスターが近くのパチンコ店に暇つぶしに行こうと誘われて行ったのです。

マスターと同じく1円パチンコを1時間ほど打って戻りましたが、実にひさしぶりにパチンコを打った私は「たまにはパチンコもいいなー」と感じました。

それから一人でもちょっと時間ができた時にホールに寄るようになりました。

最初は1円パチンコを打ってましたが、徐々に慣れてくるとやはりそれでは物足りずに4円パチンコをやるようになりました。

相変わらず麻雀もしていましたが、だんだんパチンコに行く時間の割合が増えていきました。

収支的には収支の記録を取るようになった昨年の8月から今年の8月までの約1年間で90万ほどプラスでした。

まぁ今にして思えば負ける打ち方はしていなかったにしろ、そのプラス金額の大部分はツキによるものだったと思います。

結果的にはそのしっぺ返しをパチンコ漬けの生活を始めた3ヶ月前から現在まで受けている形になりますが(-_-;)


というわけでざっと私の人生とパチンコとの関わりを振り返ってみました。

もっとさらっと書くつもりが結構長くなってしまいましたね^^;

全部読んでいただいた方は大変お疲れさまでしたm(__)m

ここ最近の状況については、また改めて詳しく書こうと思います。
posted by テイク at 00:34| Comment(0) | パチンコ履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月13日

私のパチンコ履歴 その4

パチンコに代わって私がハマったもの、それは麻雀でした。

仲が良かった麻雀好きの友達の家でよく打っているうちに麻雀の面白さに魅了されていきました。

と同時に機械とひたすらにらめっこのパチンコにちょっと飽きてきた部分もありました。

一応負けを取り返してそれなりに収支もプラスになったことで満足した面もあったかもしれません。

その友達が街にある競技麻雀団体の本部道場に通いだすと、私も後を追ってそこに入会して、暇さえあれば通って麻雀を打つようになりました。

以降大学に在学している間はもっぱら麻雀にいそしみ、パチンコからはフェードアウトしていきました。


そんな生活を送っていたため当然のごとく私は大学を卒業できずに留年し、1留の末にも卒業できなかった段階で親に説得されて大学を中退して都落ちのように地元に帰って就職しました。

就職してからの休日等の過ごし方で、ほんとは麻雀が一番したかったのですが、私の住む田舎町には当時フリー雀荘などは一切なく、麻雀を一緒にできる仲間もいなかったので、やむなく(?)再びパチンコをするようになりました。

今でこそ私の住む街には大型のパチンコチェーン店がいくつもでき、パチンコをする環境にはある程度恵まれてきましたが、当時は地元密着の中規模店しかありませんでした。

パチンコ店は地域格差が結構大きいものですが、私の住むような小さな街ではなおさらで、最初は大学のあった街とのあまりの状況の悪さにため息が出ましたが、学生のときのようなハマりこんだ打ち方ではなく、休日の暇つぶしに過ぎなかったので、そんな状況でも負けない程度に打っていました。

そんな感じで就職してから2年くらい経ったころ、私はある休日にたまたま遊びに行った家から車で1時間半ほどのところにある隣県の県庁所在地の街で、思いつきで帰りがけにその街にあるフリー雀荘に思い切って行ってみました。

久しぶりにやる麻雀の楽しさを強く感じた私はその後も土曜日になるとはるばるその街まで出かけていき、夜中まで麻雀をするようになりました。
そして日曜日は半日ほどパチンコをして過ごしてました。

そんな生活がまた2〜3年続いたころ、ついに私の住む街にもフリー雀荘ができました。

当然のごとく私はその雀荘に暇さえあれば通うようになり、パチンコから再び離れることになりました。

そして以後約8年ほど私はアフター5や休日はもっぱら麻雀をするようになり、パチンコは封印されることになりました。(続く)
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2012年11月12日

私のパチンコ履歴 その3

パチンコの勝ち方を研究するうえで、頼ったのはやはり雑誌でした。

そこでようやくパチンコの基本的な仕組みを知るとともに、いわゆる「ボーダー理論」というものの存在を知ることになります。

雑誌だけでなく、ボーダー理論の提唱者である石橋達也さんや今でも雑誌で連載などをしている安田一彦さんが出していた本も読んで、ボーダー理論による勝ち方についての理解を深めていきました。

と同時にパチプロというひとたちの実態を知って、自由であり、また自分の腕一本で稼いでいる生活におぼろげな憧れを感じていました。
もちろん本当にパチンコで自分が生活するなどということを現実的に考えていたわけではありませんが、やはり心の底ではそういう生き方ができたらなって気持ちがずっとあったんだと思います。

さて、そんなわけでそれまでの遊びのパチンコから勝つための理論を実践するためのパチンコをしにホールに通う日々が始まりました。

当時私が住んでいた街のパチンコ店の営業形態は、「2.5円交換 持ち球無制限」が主流でした。

今でこそ等価交換がホールの主流となっていますが、当時のその低換金率の営業形態は、とにかく「持ち球でできる限り長時間粘る」ことを実践するだけでもかなりの勝率アップが期待できます。

もちろん打つ台のボーダーラインは雑誌でチェックしたうえで、それを大きく上回る台を探して打ちました。

今でこそどの店にも各台にデータカウンターが設置されていますが、当時はそういったものがある店はごく一部だけで、ほとんどの店では自分でスタート回数を数えてメモを取って計算して、ということをしながらやっていました。

そうした実践を続けていく中で私の収支は向上していき、パチンコを初めて1年が立とうとするころには、一時期マイナス50万までいっていた収支が逆にプラス50万ほどになっていました。

ところがそれから私はパチンコに行くことがどんどん少なくなっていいます。
別のものに興味が移っていったのです。(続く)
posted by テイク at 01:21| Comment(0) | パチンコ履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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